眠法・軽法・笑法(4) ~通貨偽造~

田辺 信彦

完璧
きわめて腕のいいにせ金づくりがいた。彼は自分でも完璧だと思えるにせ10ドル札をつくった。見本にした10ドル札を顕微鏡で調べ、そのほか考えられるあらゆる比較を行ったが、見本と彼の作った札の間には、まったく寸分の違いもなかった。
しかし驚いたことに、彼がそれを使いはじめると、まだ幾らも使わないうちにたちまちつかまってしまったのだ。自尊心をいたく傷つけられた彼は、FBIの捜査官に彼が見本にした10ドル札と彼のつくった札を並べて出し、どこに違いがあるか指摘してみろと挑んだ。
「寸分の違いもない」捜査官が言った。
「だが、お前が見本にした札は、にせ札なんだ」

ー植松黎編・訳「ポケット・ジョーク7おまわりと泥棒」40頁ー



この親にして
欲深い夫婦があった。女房、産気づいて5時間にもなるがまだ生まれぬ。亭主はただウロウロするばかりでどうしようもない。また1時間、いっこうに出てこぬ。一同が困り果てたとき産婆がハタと小膝をたたき、
「いいことがあります。物はためし、やってみましょう。2フラン銀貨があったらちょっと貸していただきます」
亭主、大切にしまっていた銀貨を出して産婆に渡せば、産婆はそれを、子供の出口とおぼしきあたりでチャリンと鳴らした。欲深夫婦の子供なら、金の音で出て来ようという思いつき。一同固唾(かたず)をのんで見ていると、突然、ちっぽけな片手がヌッと出て銀貨をひっつかんだが、すぐ投げ出して、またひっこんだ。
産婆は銀貨をひろいあげ、
「なるほど、これは贋金(にせがね)でござります」

ー河盛好蔵訳編「ふらんす小咄大全」22頁ー


〔参照条文〕
刑法第148条<1> 行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は3年以上の懲役に処する。
<2> 偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。
通貨及証券模造取締法第1条 貨幣、政府発行紙幣、銀行紙幣、兌換銀行券、国債証券及地方債証券ニ紛ハシキ外観ヲ有スルモノヲ製造シ又ハ販売スルコトヲ得ス
通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第4条<1> 貨幣の製造及び発行の権能は、政府に属する。
<2> 貨幣の発行は、財務大臣の定めるところにより、日本銀行に製造済の貨幣を交付することにより行う。
日本銀行法第46条<1> 日本銀行は、銀行券を発行する。
<2> 前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。
同法第47条<1> 日本銀行券の種類は、政令で定める。
<2> 日本銀行券の様式は、財務大臣が定め、これを公示する。

「家(うち)にはお金の成る木がある訳ではないのだから無駄遣いをしてはいけない。」
という言葉は昔、庶民の家庭でよく聞かれた言葉である。「家には」という限定が付いているから「お金の成る木がある家ってどんな家なのだろう」とか「お金の成る木ってどんな木なのだろう」などと想像をめぐらす余地が出てくる。「お金の成る木」はおそらく「不老長寿の薬」とともに古今東西を問わず人間が永遠に求めてきたものなのではないだろうか。

 お金(通貨)の素材としては、石のほか、羊などの動物、毛皮、べっこう、穀物、オリーヴ油、たばこ、茶、綿布、鉄、銅、青銅、金、銀(牧瀬義博「通貨の法律原理」3頁以下)、ニッケル、アルミなどの合金、紙(紙幣)などがこれまでに存在したようであるが、今や電子データ(電子マネー)が登場しようとしている。お金が有形なものであれば、直接目で見、手で触ることができるから、資産家は自分が金持ちであることを容易に実感することが出来るかも知れないが、電子マネーのような無形なものになってしまえば、ただの概念としてもしくは数字の上で金持ちであるのに過ぎず、金持ちであるとの実感は薄れてくるのではあるまいか。なぜなら電子マネーでは格好良く札ビラを切ることも出来なければ、札束のつまった財布のズッシリとした重みを感じることも出来なくなるからである。スリだって財布のスリようがなくなり失業してしまうだろうし、金持ちだって脳軟化症になって電子データに関する記憶があいまいになれば、自分が金持ちなのか、貧乏人なのかわからなくなることだってあるだろう。

 刑法第148条は「貨幣、紙幣、および銀行券」について偽造、変造の罪を規定している。この場合の「貨幣」とは硬貨を意味する。「紙幣」は現在存在せず、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律では紙幣の発行は予定されていない。
 「銀行券」は政府の認許によって特定の銀行が発行する貨幣代用証券を指すが、現在、わが国で「銀行券」の発行を認められている銀行は日本銀行だけである。1万円札や5千円札、千円札は日本銀行券であって、刑法上の「紙幣」ではない。「貨幣」つまり硬貨は政府に製造及び発行の権限があり、財務省造幣局が製造に当たっている。通貨の発行権を有することはある意味でお金の成る木があることに他ならないが、通貨の発行は一般人には認められていない。かくて、一般人が合法的にお金の成る木を求めるとすれば、石油や金鉱の類を掘り当てるとか、大発明をして特許で儲けるとか、子供を人気歌手、人気タレントに育て上げるとかいうことになるのであろう。しかし、これとて本人の努力に加えて才能や運に恵まれなければならず、誰にでも出来るというものでもない。そこで、才能にも運にも恵まれない一般人のなかには極く少数とはいえ通貨偽造への道を進む人達も出て来るのである。

 偽造とは、通貨の発行権を持たない者が行使の目的をもって通貨の外観を有するものを作ることをいう。通貨の外観を有するというためには一般人が真正な通貨と誤認する程度に似ていれば足りる。誤認する程は似ていない場合であっても、真正な通貨に「紛らわしき外観を有している」場合には、「模造」罪として別途処罰の対象となる。偽造罪の成立には行使の目的が必要であるが、模造罪の成立には行使の目的は必要とされていない。判例は、「紛らわしき外観を有する」とは、通常人をして真正な通貨等と誤信させる程度には至らないが、その行使の場所、時、態様あるいは相手方など、その用い方のいかんによっては、なお、人をして真正の通貨等と誤認させるおそれがあり、欺罔の手段としても用いられ得る危険性をもつものを指すと解している。模造罪が認められた例として、<1>千円札を素材にした芸術作品を制作するため、写真製版の方法により、千円札の表面と同一寸法、同一図柄のものを、クリーム色上質紙に緑、黒または両者を混ぜたインクで印刷したもの2100枚を製造した場合、<2>菓子「天の川」の宣伝のため日本銀行の1万円札紙幣と同型、同図形で、上部に天の川銀行券、下部に天の川銀行券その横に円形で天の川之印と記載し、聖徳太子像の部分にマネキン娘の写真を入れ、裏面には娘の写真を入れ、漫画、天の川の宣伝文句を記載したものを製造した場合、などがある。

 冒頭の笑い話ではないが、昔は通貨を偽造する者の中にはマニアというのか技術のある職人のような者がいた。良くここまで似せられると思う程精巧な版を作り上げたり、一枚の千円札をはがして3枚にしたり、それをまた少しずつずらせて貼り合せるとか、気の遠くなるような努力のもとに偽造通貨は作られていた。これだけの技術があり、これだけの努力をするなら、他の正業にそれを振り向けた方がずっと採算が良いのではないかと思われた。ところが、最近はOA化の発達でコピー機の性能も極めて良くなり、安易にカラーコピー機を用いた「紙幣」(銀行券も含む)の偽造が目につくようになった。これも時代の流れとはいえ、昔ながらの「技術者」が消えて行くことに少し寂しさを感じないではない。電子マネーの時代においては、通貨の偽造は電子データの改ざんという形にとって代わり、通貨の発行権者と通貨偽造者との闘いは、コンピュータ操作技術上の闘いとなるのであろうか。

※この記事は「たなべフォーラム」第5号(平成8年12月20日発行)に掲載されたものを転載したものです。
ただし、参照条文を現行法に引き直すなど若干の修正をしました。
現行日本銀行法の第46条は旧日本銀行法29条に該当します。

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