続故事ことわざ考

藤田 耕三

法律とことわざ
法律と縁のない人たちにとっては、法律家が口にする言葉はやたら難しい。そこで、法律に関係する議論をそのような人たちに説明するときには、故事ことわざが効用を発揮することがある。

私が、昔、といっても昭和40年代のことであるが、当時の総理府にあった公害等調整委員会の事務局で、審査官として公害に関する紛争の処理に当たっていた際のことである。各都道府県の公害審査会などへ出かけていって、事務局職員の方々に対する公害に関する法律の研修の講師を務める機会が多かった。当時は公害問題の解決が最大の社会問題となっていて、公害国会といわれたほど公害法制の整備が急がれていたのであるが、公害紛争の処理など経験したことがない職員がほとんどであった。養豚場、養鶏場などが水質汚濁、悪臭、騒音などで苦情のもととなるので、大学の農学部出身の職員が公害担当の部局の課長などになっている例が多かったのである。そういう人たちに不法行為の分野での損害賠償論などを理解して貰うのには、一工夫も、二工夫も必要だった。

そこで、頭をひねった結果、「相当因果関係」の説明に、「大風吹けば桶屋喜ぶ」のことわざを利用してみた。

もちろん、ご承知のとおり、「大風が吹けば、ほこりが立ち、その砂ぼこりが目に入って視力を失う人が増える。視力を失った人は三味線を習うから、三味線に張る猫の皮が必要になる。そのため猫が殺されるから鼠が増える。鼠は桶をかじるから桶屋が繁盛して喜ぶ。」ということで、あることが原因となって、予想外の所に影響が生ずることがあるというたとえである。自然の因果関係は、無限に連鎖するから、不法行為によって思わぬ所にまで影響が生じても、そのすべてについて行為者に責任を問うのは、酷に失する場合もあるので、社会常識に照らして、ここまでなら責任を問うても良いだろうというのが「相当因果関係」の考え方であるという説明である。

ところで、このことわざの現代版があるのをご存じであろうか。作家の井上ひさしの創作だったと思うが、「インフレが進行すると四国の地価が下がる」というのである。

そのこころは、「インフレが進行すると、亭主の給料が目減りする。亭主の給料が目減りすれば、女房が亭主の尻を叩いて働かせる。亭主は無理な働きを強いられるから早死にする。亭主に早死にされた女房は、深く後悔して亭主の菩提を弔うため四国の巡礼行脚の旅に出る。たくさんの女房が巡礼するために鈴の音がうるさくて堪らないから、四国の人たちはほかへ移住する。人が減ってしまった四国では、地価が下がる。」というのである。この現代版ことわざも併用して、大いに笑いを誘ったのである。

また、「受忍限度」とは、公害の差止や損害賠償の要件として考え出された概念で、侵害された利益の種類や侵害の程度、侵害行為の種類や性質、差止や損害賠償を認めた場合の当事者やさらには社会に与える影響などのさまざまな事情を比較衡量して、その侵害が社会的に受任すべき程度を超えた場合に差止や損害賠償を認めようとする考え方のことであるが、「そこまで責任を負わせるのはあんまりだ。」という説明で、大変わかりよいと好評だった。

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