故事ことわざ考【1】

藤田 耕三

 故事、ことわざや格言のたぐいは、洋の東西を問わず数限りなくあるが、とにかく面白いものである。なるほどこんなこともあったかと、目の鱗が落ちる思いをさせられることもあるし、人情の機微に触れて、思わずにやりとさせられることもある。
 ところで、ことわざ、格言を見ていると、一見して、まるきり反対の意味に読める対のものがあることに気が付く。
 「酒は百薬の長」
は、良く知られているし、呑兵衛には都合のよいことわざであるが、一方、
 「酒は百毒の長」
ということわざもある。しかし、これは、
 「上戸は毒を知らず下戸は薬を知らず」
すなわち、「酒も適量なら薬だが、過ぎると毒になる。上戸は酒の毒になることを知らず、下戸は薬になることを知らない。」ということであって、二つのことわざは、酒のそれぞれの一面を述べたものに過ぎないのだから、別に矛盾するわけではない。
それでは、
 「男心と秋の空」
と、
 「女心と秋の空」
はどうであろうか。男あるいは女の女あるいは男に対する愛情は、変り易い秋の空と同様に、移り気で変り易いとしたものであるが、いずれが真実かといえば、男女のそれぞれによって意見の異なるところなのかも知れない。
ヴェルディのオペラ「リゴレット」には、マントヴァ公爵の歌う有名なアリア「La donna e mobile」(女心の歌)がある。かつての我らがテナー藤原義江が十八番としたアリアであるが、
 「風の前の 塵のように いつも変る 女こころ……」
という歌詞である、しかし、オペラのなかでは、女から女へと渡り歩く漁色漢(古い表現で恐縮だが、昭和一桁の私にとっては、「浮気男」よりもこの方がぴったりする。)のマントヴァ公爵に純情一途の思慕の情を寄せ、最後には、自らの命を捧げて公爵の身代わりとなるジルダ―道化師リゴレットの娘―の物語であるから、ひどく怪しからんのは男の方であって、
 「何言ってんだ。手前の方こそ塵芥だ。」
と言いたくなるところである。学生時代に見た映画「リゴレット」のラストは、冷たくなった娘ジルダの身体を抱きしめて茫然とする、フランスの老優シモーヌ・シモン扮するリゴレットの耳に、遠くから聞えてくる公爵の朗々たる歌声、というシーンであった。それはさておき、振り返って冷静に考えてみると、この二つのことわざは、男女のいずれについても、異性への愛情は移ろい易く、変り易いものであることを述べたものであると考えれば、別に矛盾するものではないことに帰着する。
(中略)
このような例を探すと、結構たくさんある。
 「好きこそものの上手なれ」
と、
 「下手の横好き」
 「瓜の蔓に茄子はならぬ」
と、
 「鳶が鷹を生む」
 「稼ぐに追い付く貧乏なし」
と、
 「稼ぐに追い抜く貧乏神」
 「芸は身を助ける」
と、
 「芸は身の仇」
など、など、などである。これらのことわざの分析は、読者にお任せすることとしよう。
それでは、故事、ことわざや格言の効用についてはどうであろうか。これがまた、意外に役に立つことがある。何かを主張したいとき、あるいは、他人を説得したいときに、適切な故事、ことわざや格言を引用すると、いかにも尤らしく聞えて、皆が納得してしまうことがある。

その昔、裁判所で、宗派の間の争いから派生した紛争についての難事件を担当したことがある。
 郊外の古い霊園の管理をめぐる紛争で、霊園内の空地に本堂を建てようとする管理者側と、これに反対する檀徒達との間で紛争が起き、建築差止めなどを求める仮処分命令が申請されたという事案であった。双方を審尋するうち、事件の性質上、和解を勧告することになった。しかし、当事者双方の間はこじれ切っていて、感情的なしこりが非常に強く、双方が同席する和解の場では、険悪な雰囲気のなかで激しい言葉のやり取りが続き、一通り説得の道筋を尽しても、なかなか解決への曙光は見出せなかった。裁判所が双方を説得する論理も、そんなにたくさんあるわけではないから、後は同じことの繰り返しになって、雰囲気がだれてきてしまう。和解を打ち切ってしまえば簡単なのであるが、事件の性質からすると、仮処分命令を出しても出さなくても、紛争の解決にはならないことが分っているから、そういうわけにもいかない。その時に、場面の転換をはかり、もう一度説得にかかるのにふさわしい、何か適切なことわざ、格言がないかと探してみた。

そうすると、あった、あった、そのものずばりのことわざがあったのである。

 「釈迦に宗旨なし」
 「宗派の争い釈迦の恥」

である。早速次の和解期日に、雑談のなかでこのことわざを持ち出し膠着状態の打開をはかった。双方とも、分ったような、分らないような、呆れたような風情であったが、それでも、そのうち何となく雰囲気に変化の兆が生じて、何やら違う風が吹き出した。そうして、そのせいかどうかはともかくとして、とうとう、至難と思われていた和解が成立する運びとなってしまったのである。

※この記事は、「法曹」第568号に掲載されたものを転載したものです。

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